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MLB歴代通算ホームランランキング!大谷翔平はランクインしてる?

MLBの歴史において、ホームランは野球の華とも言える存在です。100年以上の歴史の中で、数多くの偉大なスラッガーたちが記録を打ち立ててきました。

本記事では、MLB通算ホームランランキングのトップ10を詳しく紹介します。
野球の神様ベーブ・ルースや、人種差別と闘いながら記録を打ち立てたハンク・アーロンなど、野球史に名を刻むレジェンドたちが名を連ねています。

さらに、大谷翔平選手のランキング位置や、今後トップ100入りを果たせる可能性についても解説していきます。

MLB通算ホームランランキングトップ10

MLBの通算ホームランランキングは、野球史における最も栄誉ある記録のひとつです。
時代を超えて活躍したレジェンドたちの名前が刻まれており、彼らの偉業は今もなお語り継がれています。ここからは、2025年シーズン終了時点でのMLB通算本塁打ランキングトップ10を紹介していきます。

順位選手名通算本塁打数
1位バリー・ボンズ762本
2位ハンク・アーロン755本
3位ベーブ・ルース714本
4位アルバート・プホルス703本
5位アレックス・ロドリゲス696本
6位ウィリー・メイズ660本
7位ケン・グリフィーJr.630本
8位ジム・トーミー612本
9位サミー・ソーサ609本
10位フランク・ロビンソン586本

1位 バリー・ボンズ

MLB歴代1位となる通算762本塁打を記録したバリー・ボンズは、史上最も議論を呼ぶスラッガーです。父ボビー・ボンズもMLBで活躍した選手という野球一家の出身で、1986年にピッツバーグ・パイレーツでメジャーデビューを果たしました。

1990年代には史上唯一の「500本塁打500盗塁」を達成し、「30本塁打30盗塁」を5回達成するなど、パワーとスピードを兼ね備えたオールラウンドプレーヤーとして名を馳せました。1993年にサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍後、2001年にはシーズン73本塁打というMLB新記録を樹立しています。

通算7度のMVPを獲得という圧倒的な実績を残しましたが、2000年代に入ってからの急激な体格の変化は薬物使用疑惑を招きました。バルコ社の薬物スキャンダルに関連して起訴され、2022年の殿堂入り投票で資格を失効しています。薬物疑惑という影を抱えながらも、通算長打率.607、OPS1.051という数字は、彼が史上屈指の打者であったことを物語っています。

2位 ハンク・アーロン(1934 – 2021)

通算755本塁打を記録したハンク・アーロンは、人種差別と闘いながら記録を打ち立てた偉大なレジェンドです。1934年にアラバマ州モービルで生まれ、1954年にミルウォーキー・ブレーブス(現アトランタ・ブレーブス)でメジャーデビューを果たしました。

ハンマリング・ハンク(撃ちっぱなしのハンク)」の愛称で親しまれた彼は、23年連続で二桁本塁打という驚異的な安定感を誇りました。本塁打王4回、打点王4回を獲得。1957年にはチームをリーグ優勝に導き、同選手がMVPを獲得、さらにはワールドシリーズ制覇も果たしました。
この出来事は「ミルウォーキーの奇跡」と呼ばれ、現在まで語り継がれています。

そして1974年4月8日にアーロンは「不滅の記録」と言われていたベーブ・ルースの通算714本塁打を更新する715号を放ちました。黒人選手がルースの記録を破ることに反対する人々から殺人予告を含む脅迫を受けましたが、屈することなく偉業を成し遂げています。

通算2297打点はMLB歴代1位の記録として今も破られておらず、1982年には得票率97.8%で野球殿堂入りを達成しました。

3位 ベーブ・ルース(1895 – 1948)

「野球の神様」と称されるベーブ・ルースは、MLB史上最も偉大な選手のひとりです。1895年にメリーランド州ボルチモアの貧しい家庭に生まれ、7歳で少年矯正施設に送られるという厳しい幼少期を過ごしましたが、そこで出会った修道士に野球の手解きを受けたことが人生を大きく変えました。

1914年にボストン・レッドソックスでメジャーデビューを果たしたルースは、当初は投手として通算94勝を挙げています。1918年には投手として13勝を挙げながら、同シーズン中に打者として11本塁打を放つという、大谷翔平選手が2022年に更新するまで破られなかった「シーズン2桁勝利&2桁ホームラン」の元祖となる記録を達成しました。

1920年にニューヨーク・ヤンキースへ移籍すると、打者として完全に開花します。移籍初年度に54本塁打を放ち、1927年にはシーズン60本塁打という当時の新記録を樹立しました通算714本塁打、本塁打王12回という成績を残し、通算長打率.690とOPS1.164は現在も破られていないMLB歴代1位の記録です。

ルースの存在は野球そのものを変えました。彼の登場以前、野球は小技と走塁で点を取るスポーツでしたが、ルースのパワフルな打撃は「ホームランを打つ」という野球の新たな魅力を世に知らしめました。

4位 アルバート・プホルス

通算703本塁打を記録したアルバート・プホルスは、21世紀最高の打者のひとりです。1980年にドミニカ共和国で生まれました。

セントルイス・カージナルスで迎えた2001年のルーキーイヤーに打率.329、37本塁打、130打点という驚異的な成績を残し、満票で新人王を獲得しました。そして2001年から2010年まで10年連続で、打率3割・30本塁打・100打点を達成するという前人未到の記録を打ち立てています。
「ザ・マシーン」の愛称で親しまれ、3度のナ・リーグMVPを獲得しました。

ロサンゼルス・エンゼルスを経て2012年からはロサンゼルス・エンゼルスに移籍し、大谷翔平選手ともチームメイトとしてプレーしています。
2022年に古巣カージナルスに復帰すると、42歳ながら24本塁打を放つ復活を見せ、史上4人目となる通算700本塁打を達成。最後までスターの輝きを保ったまま、同年に惜しまれつつ引退しました。
将来の野球殿堂入りが確実視されている、偉大な選手です。

5位 アレックス・ロドリゲス

通算696本塁打を記録したアレックス・ロドリゲス、通称「A・ロッド」は、1993年にシアトル・マリナーズから全体1位指名でプロ入りし、1996年には21歳で打率.358を記録し、史上3番目の若さで首位打者を獲得しました。

遊撃手でありながら40本塁打以上を8回記録するなどの功績から、現在でもMLB史上最高の遊撃手として知られています。

6位 ウィリー・メイズ(1931 – 2024)

通算660本塁打を記録したウィリー・メイズは、「セイ・ヘイ・キッド」の愛称で親しまれた伝説の外野手です。

ゴールドグラブ賞を12回受賞するなど守備でも高い評価を受けており、1954年のワールドシリーズで見せた「ザ・キャッチ」と呼ばれる背面捕球は、野球史上最も有名な守備プレーのひとつです。

打撃面では本塁打王4回、2度のMVPに輝きました。
通算3283安打、338盗塁という数字も残しており、走攻守すべてに優れた「コンプリート・プレーヤー」の元祖とも言える存在です。

7位 ケン・グリフィーJr.

通算630本塁打を記録したケン・グリフィーJr.は、「ジュニア」の愛称で親しまれた人気スラッガーです。

1989年にシアトル・マリナーズでわずか19歳でメジャーデビューを果たし、端正なスイングと明るいキャラクターで瞬く間にスター選手となりました。1997年には56本塁打を放ち、満票でMVPを獲得。引退後の2016年には得票率99.32%で野球殿堂入りとなりました。

さらに2026年2月、翌月開幕の第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、大会公式グローバル・アンバサダーを務めると発表。野球への情熱は、今も健在です。

8位 ジム・トーミー

通算612本塁打を記録したジム・トーミーは、193センチの長身から繰り出されるパワフルなスイングが特徴の名スラッガーです。12回のシーズン30本塁打以上を達成しています。

2002年にはシーズン52本塁打を記録するも、本塁打王の座は前述のアレックス・ロドリゲス(57本)が獲得。しかし翌年にシーズン47本塁打で念願の本塁打王を獲得しました。

2018年に野球殿堂入りを果たし、現在でも人柄と成績の両面で優れた選手として評価されています。

9位 サミー・ソーサ

通算609本塁打を記録したサミー・ソーサは、1990年代後半のホームラン狂騒曲の主役のひとりです。ドミニカ共和国出身メジャーリーガーの先駆者的存在であり、MLBの国際化に貢献した功績でも認められています。

1998年以降、バリー・ボンズやマーク・マグワイアとともに歴史的なホームラン競争を繰り広げました。また、シーズン60本塁打以上を3度記録した唯一の選手としても知られています。

10位 フランク・ロビンソン(1935 – 2019)

通算586本塁打を記録したフランク・ロビンソンは、MLB史上初めて両リーグでMVPを獲得した選手です(史上2人目が大谷翔平)。

1961年にシンシナティ・レッズナ・リーグMVP、1966年にはボルティモア・オリオールズア・リーグMVPを獲得するとともに移籍1年目で三冠王を達成しています。

1975年にはクリーブランド・インディアンス選手兼監督に就任し、MLB史上初の黒人監督となりました。選手としても指導者としても野球界に多大な貢献を果たしています。

大谷翔平は202位!

2025年シーズン終了時点で、大谷翔平選手のMLB通算本塁打数は280本となっています。これはMLB歴代ランキングで202位に相当する数字です。日本人選手としては圧倒的なトップであり、2位の松井秀喜氏の175本を大きく引き離しています。

大谷選手は2018年のMLBデビューから8シーズンで280本塁打を積み上げてきました。特に2023年からの3シーズンは圧巻で、2023年に44本、2024年に54本、2025年に55本と、3年連続で40本以上を記録しています。2024年にはMLB史上初となる「50本塁打50盗塁」を達成しました。

他の日本人選手と比較すると、松井秀喜氏の175本は482位イチロー氏が117本845位となっています。大谷選手がいかに突出した存在であるかは、これらの数字からも明らかです。

大谷翔平のMLBホームランランキングトップ100入りはあり得る?

大谷翔平選手がMLB通算本塁打ランキングでトップ100入りを果たすことは、十分に現実的な目標と言えます。100位のトーリー・ハンターノーマン・アーナドが同率で353本を記録しており、トップ100入りの目安は350本となります。

大谷選手の現在の通算280本から350本に到達するには、あと70本が必要です。2023年から2025年までの3シーズンで合計153本塁打を放っており、年平均で約51本のペースを維持しています。

このペースを維持できれば、あと2シーズン、2027年シーズン終了時点でトップ100入りを果たせる計算です。

仮に怪我などで年平均が落ちたとしても、ドジャースとの10年契約は2033年まで続きます。控えめに見積もっても、2028年には達成できる見込みといえるでしょう。
フルシーズン出場を続けることができれば、500本塁打も視野に入ってくるはずです。

また、歴代の大打者たちが500本塁打を達成した年齢を見ると、バリー・ボンズが37歳、ハンク・アーロンが36歳、アルバート・プホルスが38歳でした。
大谷選手は2025年12月の時点でまだ31歳。30代後半での500本塁打達成は、不可能ではありません。

二刀流として投手と打者の両方をこなす大谷選手にとって、怪我のリスクは常に付きまといます。しかし、大谷選手には過去の故障を乗り越えた経験が既にあります。
2025年シーズンには投手としても復帰を果たしており、今後のシーズンでどこまで記録を伸ばすのか、世界中の野球ファンが注目しています。

日本人として、アジア人として、MLBの歴史に新たな1ページを刻み続ける大谷翔平選手の活躍から目が離せません。