野球への思いと年齢の壁を越えたチーム作り

2020/5/15

プロ野球から少年野球まで国内の人気スポーツとして栄えてきた野球。今では重度の障害のある人も楽しくプレーすることができる「ユニバーサル野球」や5人制でゴムボールを使ってプレーすることができる簡易野球「BASEBALL5」など野球人気は落ちるどころか横に広がり始めている。そんな中、町の野球場では毎週末野球をプレーする大人たちを見ることができる。たかが草野球、されど草野球。teamsでは草野球に情熱を捧げる大人たちに注目し、野球への思い、チーム結成の裏側などを取り上げていく。
第9回は香川県善通寺市「四国中央メディックス」の代表を務める岩田龍郎さん(36)にお話しを伺いました。

普段は首都圏のチームを取材させていただく機会が多い中、香川県のチームから取材依頼をいただいた。香川県の野球事情が気になり、応募いただいた岩田さんにお話しを伺ったのが今回の記事のきっかけだ。取材をさせていただいた岩田さんは現在「四国中央メディックス」というチームを率いている。チーム創設から今年で7年目。チームを創設したのは岩田さんの転職がきっかけになる。

※

そもそも岩田さんの野球との出会いは当時テレビ中継されていた、巨人戦だ。迫力あるプレーの数々に魅了され、野球をはじめたいと思った岩田さんだったが、地域柄野球部があまり多くはなかった。どちらかというとソフトボールが盛んにおこなわれていた地域なのだ。少年野球ではなく少年ソフトボール部に入部し、そこでボールを投げる・打つことの楽しさを学んだという。中学では3年間野球部に入り、高校入学後も野球部に入部。香川県の進学校観音寺第一高等学校で甲子園を目指してプレーしていた。しかし、プロ野球選手を輩出している高校で練習も厳しく、文武両道を実践することができていないと気付いた岩田さんは野球部を退部してしまう。大学では野球部ではなくソフトボール部に入部し、その後就職。どこかに野球への未練を持ちながら過ごしていたという。

※

社会人になり、車のディーラーとして働いていたが土日も仕事があることや、今後のことも考え手に職をつけるため、退職し、リハビリ職を目指すため専門学校に通うことを決意した。専門学校に通い始めたのは25歳の時、当時のクラスには18歳の学生がほとんど。ただ、通っているからにはコミュニケーションを図ろうと専門学校の野球サークルに参加。ここで出会った仲間が今の四国中央メディックス設立につながっている。

卒業後にチームとしての活動を本格的に開始。人数集めはHPを立ち上げてメンバーを募集し、知り合いや口コミを通じて徐々に増やしていった。なぜソフトボールではなく、野球なのか、小学校と大学時代にソフトボールを経験している岩田さんはやはり幼いころの巨人戦が鮮明に残っているという。野球が好きで、高校時代の経験もあり大人になっても野 球をしたいという思いが、チーム結成につながっている。

四国中央メディックスの目標はオープン大会の全国大会に出場すること。プライドジャパンでは四国大会で準優勝とあと一歩まで迫ったが全国大会への切符は手にできなかった。チームの軸は守備を中心とした戦い方。エースである吉田さんはteamsのシーズン全国投手ランキングでも11位にランクインする好投手。防御率は0点台を誇る。そのほかにも防御率0点台の投手が2人在籍し、まさに投手王国を作り上げている。特に投手力を鍛えるために特別なことはしていないとのことだが、チームとして自主性を練習にも掲げているという。全体練習は強制しておらず、個々のタイプに応じてそれぞれが試合にベストな形で持っていくことが大方針。常にエンジョイベースボールをモットーにしている。

※

今は香川県も球場が確保できない状況とのこと。またグラウンドに皆で集まれる時が来たときに、投手王国四国中央メディックスに試合を申し込んでみるのもいいかもしれない。

※

(teams編集部)

【おすすめ記事】

幅広い年齢層をまとめるマネジメント力

草野球とコロナウイルス

双子が夢見る天皇杯への道

他の記事を見る

PR