MAX147km/h右腕が野球を通じて得た経験とは

2020/6/5

<前沢力さんの経歴>
千葉県立佐原高校硬式野球部に所属。高校1年生で投手としてベンチ入り、2年生時は主に1番打者を務める。外野と遊撃手を務めていたが、3年生ではエースとして活躍。卒業後国立横浜大学に進学し、硬式野球部に所属。2年春まで投手、それ以降は野手として活躍し、4年生の時に主将としてチーム1部昇格に貢献した。今ではIT企業に勤めながら、ピッチングを追求、オンラインサロンなどで様々な練習法を発信している。

登録者数約38万人を誇る野球youtubeチャンネル「qooninTV」。本気の草野球チームとして活動する傍ら、様々な野球著名人へのインタビューなどを通じて練習方法や考え方を視聴者に発信。今や野球を楽しむ子供から大人まで、多くの方に認知されている番組の一つだ。そのクーニンズでエースとして欠かせない存在が、今回取材させていただいた前沢力さんだ。今回の記事では前半・後半の2部に渡り、前沢さんの野球への思いと考え方に迫っていく。

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幼いころから将来の夢はプロ野球選手。その夢は高校、大学と野球を続けていく中でも途切れることはなかった。ただ、野球だけではなく、両親の影響もあり文武両道を追求。高校は千葉県の進学校県立佐原高校に進学し、野球部に所属した。高校1年生から投手として背番号20をつけてベンチ入り、2年生は投手としての才能も持ちながらも野手として主に1番を務め、リードオフマンとしてチームを牽引した。3年生では二刀流として、活躍。約160校ある千葉県の中で県立高校ながらベスト16に入る躍進を見せた。

「勉強も野球も両方の夢をかなえる」
野球においても、人生においても二刀流を目指すことが前沢さんのモットーと本人は話す。その言葉通り必死に受験勉強にも取り組み、名門横浜国立大学に進学、硬式野球部に所属し、大学生活をスタートさせた。

この大学野球が一つの人生の転機になっていると前沢さんは話してくれた。横浜国立大学野球部は神奈川大学野球連盟に所属。桐蔭横浜大学や横浜商科大学など全国大会でも上位進出経験を持つ強豪大学がひしめく中、リーグ戦で戦っている。1部・2部の入れ替えもあり、1部リーグに継続して残留することも難しい環境であり、前沢さんも1年生秋に2部落ちを経験している。また、入部当初は投手として入学したが、高校野球とは違い、投手は投手に専念するケースが大学野球に多くみられる。

前沢さんは今までスタメンで出続ける環境でプレーしていた分、試合に出られない状況にストレスを感じていた。このことがきっかけで、大学野球は2年生秋以降野手に専念することを選択し、野球人生で一つの転機になったタイミングだ。

「プロ野球選手になる」これは幼いころからの前沢さんの夢であり、ずっと持ち続けていた。ただ、チームは2部に降格し、プロのスカウトの目に留まることも少ない。何とかチームを一部に昇格させ、チャンスをつかみたいと考えていたという。そんな中前沢さんに一つのきっかけが与えられた。チームの主将への就任だ。

チームを牽引し、1部リーグに昇格する、チームをまとめるチャンスが訪れたのだ。就任当初から、チームの目標と取り組み方を設定。「突き詰めて考える性格」と本人も言うように目標に向かって同チームをコントロールし、選手としても実績を残せるかを必死に考えたという。冬のつらい練習もチームを鼓舞し、改革をいくつも行った。その結果4年生春のリーグ戦で優勝、入れ替え戦でも勝利し、念願だった1部昇格に成し遂げたのだ。

前沢さんは「人生初のうれし涙を流したのが、この入替戦」と話すように野球人生でも自分のために、そしてチームのための努力が実を結んだ思い出深い試合にであり、今の人生にも生きている経験という。目標を明確化し、とことん取り組むことの今の人生の柱ともいえる考え方を得たのだ。

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大学野球ではプロ野球から声がかからず、その後一旦本気の野球から離れることになるが、今の前沢さんの活動の通り、今もなお野球に対して貪欲に努力を続けている。そのきっかけとなる社会人以降の経験は後半で皆さんに伝えたいと思う。

(teams編集部)

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